2012/03/15 (Thu) 23:14
GS3P発売おめでとうございます!!ぶんかさい!!!!
乙女ゲ友達のanyaさんと兄弟△を書きました!
anyaさんがルカ→バンビで私がコウ→バンビを担当してリレーみたいにしました
めっちゃ楽しかった!!!
バンビが風邪ひく話です
anyaさんのルカバンは→こちら
時間軸的にはanyaさんのルカバンの途中に私のコウバンが割り込んでるかんじになります
ていうかanyaさんのルカがマジ超かっこええですパネェ!!!萌えたあああああ!!!!
バンビの名前はこなみみなこになってます
続きにたたみます
↓
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anyaさんがルカ→バンビで私がコウ→バンビを担当してリレーみたいにしました
めっちゃ楽しかった!!!
バンビが風邪ひく話です
anyaさんのルカバンは→こちら
時間軸的にはanyaさんのルカバンの途中に私のコウバンが割り込んでるかんじになります
ていうかanyaさんのルカがマジ超かっこええですパネェ!!!萌えたあああああ!!!!
バンビの名前はこなみみなこになってます
続きにたたみます
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− Ring a Bell −
ウェストビーチを臨む堤防へ、突っ込むように車を止めた。
スタント映画なら突き破って飛び越えて、バンパーから35度の角度で着地するところだが、
ま、そこまではやらねえ。
車を降りて2秒か、ないし3秒かかったか、その頃には玄関に着いていた。
ガラでもねえが、俺はさしずめ浜風のようになって砂を駆け、
コンクリートの薄い階段を一飛びに上がった。
その直後の話だ。
開けっぱなしのはずのドアにはカギがかかっていた。
「……マジかオイ」
ここへ越してきてからカギなんざ掛けたこともねえ。ぜってールカの仕業だ。
昼に俺が戻ってくることは朝の段階で決まっていた。アイツのために。
詳しく言えば、アイツにオウトウの缶詰を届けるためにだ。
つまり、閉め出すつもりでいやがんだろう。
ぷんぷんにおわされた牽制が、鈍い俺にも嗅ぎ取れた。
(あのバカルカ)
だが甘い。
カギはかけねえが、バイクやら車やらのスペアキーと一緒に、
チェーンに引っ掛けて持ち歩いているのが俺だ。
古き良きアメリカを思い起こさせる、ゴツくて洒落たデザインのキーだから、
アクセサリー代わりに重宝している。
俺を閉め出そうなんざ100年早ぇ。
と、半分勝った気でいたんだが、
潮と陽で焼きついたような鍵穴はたて付けが最悪で、
歯噛みでもしているような錆び付き方だった。
毎日使ってりゃそうでもねえんだろうが、
さし込んだカギのほうが歪んじまいそうなくらい、90度回すまでに相当悪戦苦闘した。
まあ、だがワンクッションあったことは、結果的には悪かなかった。
上がった息の勢いのままで押し開いていたなら、
ペンキの剥げかけたこの木の扉はきっと破れちまってたろう。
力技でゴリゴリ軋ませていたら、急に凹凸が合致して、
ドアは抜けるようにして内開きに開いた。
俺は半分つんのめり、古びたドアベルが跳ね上がり、脳天で割れたような音を出す。
足元に急ブレーキをかけたが、遅い。
昔づくりのダイナーは緩衝剤が薄っぺらなせいで、
高く高く隅々まで、ベルは明るく響き渡ってしまった。
(こりゃ起こしたな……)
昼メシ食いに戻ってきたんじゃねえぞ。
と、思わず自分につっこんだ。
この家で、きょうはアイツが寝込んでいる。
今朝出掛けに焼き付いた、口許の緩んだ風邪っぴきの顔が瞼の裏に蘇って、
俺は後悔に赤く染まりゆく額を片方の手のひらで覆った。
まだ一歩入っただけでこの有様だ。出鼻は散々ってところか。
今度こそベルが鳴らないように、後ろ手にそっとドアを閉めて歩き出す。
その手にはビニール袋を持っていた。モモ缶がふたつ入っている。
揺れるとカサコソ音が出るから気をつけてはいるが、
それでも耳につくくらいには、この家はいま、静からしい。
階段を上がる靴音もそうだ。
どうせ起こしたなら気遣ったって今更だが、万一ってこともある。
アイツは暢気だ。あんだけの物音の中、何事もなかったかのように、
扉の向こうでスヤスヤ寝ている可能性はゼロじゃねえ。
「オイ」
ノックじゃなく、ドアに向かってそう呼んだ。名前は呼ばない。
俺が呼ぶときは、アイツは小波でもなくみなこでもなく、
オイとかコラとかそういうものに変わる。
そして、いつもならそんな呼び名に機嫌良くハァイと高く響くはずの返事は、
想定した時間が過ぎても、聞こえることはなかった。
「……オイコラ」
やはり返事はない。やっぱ寝てやがんのか。
ま、暢気どうこうは置いといて、病人なんだ、それでいい。そうでなけりゃ説教だ。
だが困るのは、返事がないとそれはつまり——
(俺が開けなきゃなんねーだろーが)
再び額を手で覆う。
仮にも女の部屋を、ハッキリとした許可もなく、この手で開けるってのは難題だ。
第一ノックさえ躊躇うくらい、俺はこの部屋をいわば聖域と捉えているフシがあり、
なるだけ触れずに済ませたいと思っている。
(……ルカに任すか)
俺が昼しか戻れねえことは、ルカにはわかってるはずだ。
いまだけ殊勝そうにやり過ごして、どうせそのうち大学サボって、
帰って来るんだろうと踏んでいる。
アイツにしても、風邪引いたって案外丈夫な女だから、
朝の様子からしてそう苦しむ事無く寝てんだろうとは思う。ほっといたってそのうち治る。
だがだ。万一だ。
万一、しんどくて声も出せないほど悪化している可能性が0.2パーくれえはあるとして、
今の無音がその0.2パーの瞬間だとすれば、
俺はこのまま立ち去っていいか否か。答えは変わってくる。
たった一枚のドアを開ける。
それだけのことで手のひらに汗をかいた。
ドアノブに手を掛けては下ろし、下ろしては握りして、その間何度も膝で手を拭った。
当たり前だが、こんなことは初めてだ。
■
(起きねえなぁ)
と思いながら、冬ごもりのクマみてえな、こんもりと膨れた毛布を見ていた。
大きな枕に埋めた小顔は、心配するほどの赤さでもない。
ほんのり化粧した程度か、そんな頬に、
熱の所為かしんなりした髪が沿って、なんつーか、やや色気を見ている。
最初はベッドに近づくのも躊躇われたが、いまや慣れたモンだ。
デスクんとこにあった椅子は枕元まで近づいて、膝に頬杖になって、
更に色気まで嗅ぎ取れるところまでできるようになっていた。
煩く打っていた胸も、規則正しさを取り戻している。
「オイ」
三度目くらいだろうか。呼んでみた。
結果は同じ、起きやしねえ。
俺はフゥと短い息を吐き、期待するのはやめにする。
ま、風邪なんてモンはよく寝るのが一番の薬だ。
そうだそうだ、
そのままスヤスヤ寝てろ
一旦気持ちにケリがつけば、落ち着いてくる。
憎かねえ女が寝入る傍でこうしていれりゃ、昼行灯でも悪かねぇ。
あと35分ほどで終わっちまう休憩時間を、
波の音に呼吸を合わせ、その他には別段なんもせず、こうしてこいつの顔を見ながら過ごす。
仮に5分後の俺を想像してみろ、おうよイイ午後じゃねーか。
そう思えるくらいには、こいつはよく寝ていた。
これでなにか腹に入れてりゃベストなんだが、朝のタマゴは食ったかどうか。
想像してても始まらねえ。
起きたら食えという意味で、枕へモモ缶を押し込んだ。
寝息がかかるかかからないかの位置で、
グリーンのラベルのそれは横になってちんとおさまっている。
缶のクセに羨ましい奴だ。
——そういや。
コレを買ったコンビニの、メッシュのアタマをトサカみてーにしたあの男。はば学の今年三年のはずだ。
缶詰が並ぶ棚の前で黄色いモモを探していたときに、
声を掛けてきた店員がそいつだった。
ハナっからメンドクセェ予感はしてたんだが。
「ちょっとお客さん、ドキュン座りはやめていただけませんかねえ?」
「ンだてめー」
下からギロと睨み上げると、
モップの柄に凭れたそいつは「へっへ〜」と調子のいい薄笑いを浮かべた。
「ちょり〜っす☆ニーナくんでーす。つかこんな時間に珍しくないっスか? 仕事休み?」
「カッコ見てわかんねえか? なワケねーだろ。野暮用だ、野暮用」
「野暮用ねぇ。イミシンなひびき。オレは試験休みで、バイトっ」
「ロクでもねぇな。テメェ知ってっか? 試験休みは試験以外のことに使うとこえーババァに補導されんだ」
「……琥一さん、なんかあったんスか?」
「あ?」
「だって、すっげマトモなこと言ってっから」
「……」
「な〜んて、なんか探し物? ないモンあったら裏見て来っけど?」
心底ほっとけと言いたかったが、
実際目当ては見当たらないから困っちゃいた。
しゃーねえ。ハラ括ってコトの顛末をかなりかいつまんで話した。
黄色い桃の缶詰を探しにきた、とだけ。
「モモ缶? あ〜ゴメン、確かあるある」
「あんのか! んだよあんのか、そうかそうか」
思わず頬が緩むのが自分でよくわかった。
「んじゃすぐ出してくるんで、レジんとこで待っててくれます?」
素直にぺこと謝って、ぱたぱた駆けて行った。
メンドクセェが悪い奴じゃねえらしい。
腰を上げて、言われたようにレジで待っていると、
ほどなくグリーンのラベルの缶を両手に持って出てきた。
「お待たせいたしました! って、オレ思うんスけど、もしかしてコレ、お見舞い?」
「ハ? ち、ちげーよ」
「はいはいお見舞いね。しかも相手はカワイイ女の子っと。やっぱね〜」
「……だったらどうだっつんだ。殴られてェのか」
「ハイ残念、暴力反対ー」
なに言っても暖簾に腕押しな店員が、
ピッとバーコードを通しながら目線と顎で俺に示した先は、
傍らの冷蔵コーナーだった。
「や、マジな話、お見舞いならもっとスウィーツっぽいののほうがいんじゃね? って思ったんスよ。
食欲って見た目も関係あるし、風邪とかんときは特に大事っしょ」
「……スイーツだぁ?」
「アッサリしたのも、柔らかくて口当たりいいのもあっから、見てみたら?」
言われて、俺は一歩棚へ近寄り、ゼリーのようなものを一応取り上げてみた。
いかにも女が好きそうな、今風できらびやかなパッケージだ。
メンドクセェ。
「そーそー。そっちのが断然オススメ」
「ほっとけ」
押し込むようにして戻してやった。
「やめたやめた。モモ缶だ。これはポリシーってやつだ」
「あ〜あ。じゃ、なにより致命的なこと教えてあげましょうか?」
「……ンだぁ?」
「このモモ缶、冷えてなァい♪」
妙なフシをつけて歌うように言ったあとで、
一転真面目な顔を作ってみせる。
「琥一さんのカノジョさぁ、」
「そんなじゃねえ!」
「なら尚更。風邪ひいてて熱あんのに、でもって琥一さんは昼休みしか時間取れないんしょ?
ぬるいモモ缶なんかじゃ乙女のハートは射抜けないじゃん。ニーナは嘘をつきません!」
「るせー。客がこれでい一つってんだ。第一ンなチャラチャラしたもん買えるか」
客がというか、アイツがというか。
オウトウがいいってアイツがそう言ってんだと。
今にも出掛かってる反論は正論のはずだが、
照れくさいことこの上なく、言いかけては飲みこむ。
「硬派もいいけど、なにごともホドホドに。つか早めに言ってくれたら冷やしといたのにさ。
その調子だと、さしずめ勝機は琉夏さんにあるってカンジ?」
最も引っかかるその名前に、こめかみがピクと反応した。
勘だか洞察だか知らねーが、侮れねえ。
「テメェもっぺん言ってみろコラ」
「本日は当ハロゲンをご利用いただきまして誠にありがとうございマス。モモ缶が一点、
さらにモモ缶が一点で、合計446円になります。ポイントカードはお持ちでしょうか!」
「……クソガキが」
畳んだままの札を一枚投げるように置いて、釣銭を出される前に店を出た。
——そんなどうでもいい経緯から始まった午後だった。
戻ってみりゃ扉にカギが掛かってるわ、ベルは鳴らすわ、
完璧な滑り出しじゃなかった所為か、待てど暮らせどこいつの起きる気配はない。
いや、寝てりゃいいんだ。病人は寝てるモンだ。
風邪なんざよく寝てよく食って——
って俺はさっきから何度同じこと考えてんだ。アホくせえ。
「……一応来たんだからよ。約束破ったなんて言うなァ?」
あかい顔に向かってつぶやくと、初めて応じるような短い声が上がった。
僅かに身じろいだせいで、
ずれた毛布をかけ直そうとして気がついた。
目の端が足の爪を捉えている。
ピンクの貝殻みてーな、やらかそうな足の先だ。
俺の目線はそのまま完全に静止する。
ほんの僅か、視界に映り込んだ肌色をどうしても排除できない。
今にも喉を鳴らしそうな俺の前でこいつは更にもそもそと動いて、
毛布を挟むように折った脚が出てきた。
(オオゥ…!!)
今にも声にしてしまいそうな圧倒的な感嘆だ。
辛うじて堪えたが、上がる息までは殺せずに、
そして同時に、カァァと紅潮する顔も隠してしまいてえ訳で、心が右往左往する。忙しくてたまらない。
その脚は思ったよりも曲線がキレーで
パジャマの下が透けて見えそうで
一体これはなんつー現象なのか
俺はアサッテの方向を向いた。
そうしながら足の裏を肘で押し、布団の中に戻す。無理矢理にでもだ。
「ん……っ…うん?」
ちなみに俺の声じゃねえ。
新たな刺激に沸騰しそうなアタマをフルに回して解析した結果、
最悪の展開ってことだけは理解した。
最早どうにもならないが、体温の接する腕をさっと引っ込める。
「な、何も見てねぇぞ!!」
「……コウちゃん?」
「……こっちのことだ。気にすんな」
仏頂面になって腕を組んだ。とても顔を見られる気分じゃねえ。
起きたなら具合を聞いたりしてやるのが筋なんだろうが、
自分でも驚くほどソワついている。
「あ、モモ缶」
「……お、おう。それよ」
「いまなんじ?」
固く緊張させた俺の腕をぐいととって、手首の時計を見るのらしい。
熱い手だが、そんだけ力がありゃ、まぁ回復に向かってんだろう。
ということにする。
「12時半かぁ。遅かったね」
とか言いやがる。
「そりゃオマエ、お、男はその……仕事が一番優先だからよ」
「そっか、忙しかったんだ。仕事に生きるコウちゃんっ! かっこいい!」
「……あー、まぁな」
なに言ってんだか。
この為に朝から気合入れて仕事して、昼より早めに終わらせて出てきてたくらいだ。
見抜かれてるような気もするが。
後ろ暗い俺と、屈託のないこいつと。
なにをしたって訳じゃねぇ。気持ちの問題だ。
寝てんのをいいことにさっきまで俺がこいつに向けていた、
やや不健全な方向に傾いた感情。それが問題だ。
申し訳ねえのと似てるが少し違う。
二度としねえと約束することもできねえ。
ただ、ひとりで抱えるにはツレエだけで。
そんな俺を、どうやら何も疑ってねぇらしいのが後ろめたさを誘うんだろう。
暢気さに甘えて、斜め右上あたりに逸らしていた視線を戻してみると、
いい顔で笑ってやがる。
「でもモモ缶、忘れずに買ってきてくれたんだ」
「おうよ」
「ふふ。ありがと」
脚はちゃんと毛布に戻っていて、
代わりに腕が伸びてきて、あやすように俺の頭に触れた。
カァと熱を上げた眉間に皺が寄る。
「オマエな……誰に向かって何してやがんだ」
「コウちゃんにむかってナデナデとしてやがる」
「……勘弁してくれ」
風邪なんだから仕舞っとけと、
尤もらしい理由をつけて、軽く払ってやった。
食うか、と、図らずもワントーン高い声で言っちまった俺に、枕元の缶が渡される。
指先が当たらないように気を付けて受け取りながら、
その瞬間思い出したのは「冷えてなァい♪」と言ったあのトサカの指摘だった。
逸っていた手の動きがハタと止まる。
「早く開けて下さい。わたしはおなかがすきました」
「お、おう……」
「やっぱりルカくんのぶんのタマゴももらっとくべきだったかな〜」
「……お、おう。そう、じゃねぇか?」
缶詰はプルトップ式だった。
指先を引っかけるだけで、開けようと思えば1秒で開けられるが、
どうやらトサカの進言は正しそうだと思えてきてならない。
(……ぬるいんじゃなァ)
ルカに勝てねえんじゃねえかと。
俺の手はいよいよ止まる。
“勝機はルカさんにあるってカンジ?”
“ニーナは嘘をつきません!”
あんときの彼奴の顔が、いまになって真実みを帯びて額の裏にのしかかる。
まことしやかに鼓膜にリフレインする、ナンパ野郎の忠告だ。
よく知らねえが俺と比べりゃアホほど場数を踏んでるはずだ、
バツは悪かったが、ありゃ聞いておくべきだったんじゃないかと、
緩い後悔が頭をもたげる。
今から冷蔵庫に入れたとしても、俺がいる間には十分冷えねえだろう。
そのうちルカが帰ってきて、見つけて出したりすんだろう。
「役得!」だかなんだか言って出し抜く様子が目に浮かぶ。
「たべたいな」
急かすようにして身を乗り出してくる。
その期待に満ちた表情に、どんだけ切羽詰まったか。
まるい瞳から隠すように、俺は両手でグリーンのラベルを握り込む。
「んなモンより、なにか昼飯作ってやる」
「え、どうして?」
「そりゃおま……昼だしよ。それにアレだ、こういうのは冷やさねぇとな」
「いいよ。冷えてなくても」
「オマエ想像力ねぇのか。こりゃ美味くねぇ。保証付きだ」
「食べてみなきゃわからないよ」
「……」
「と言ってみる」
ふふ、と妙な含み笑いをして見せた。
こいつのこういうところになごんでしまう。
いつもそうだが、論破されて、挙げ句信じてみるかという気になってしまう。
「言ったからには責任持てよコラ」
俺が短く溜め息をつくのは、絆されたってことだ。
階下から食器を取ってくるかと思ったが、
よく見りゃ袋の底にプラスチックのスプーンが入っていた。それも2本だ。
(千里眼だな)
蓋を引き上げると、甘ったるそうなシロップにヒタヒタと浸かった黄色い桃があらわれた。
窓を透過する午後の陽に照らされて、
水面で果肉がテラリとまるく反射している。
「ん〜、おいしそう!」
「おう。そうか」
おかしな話だ。
たったそれだけのことが、眩しい。
「早くう」
「せっ……急かすんじゃねぇ」
俺の手から食わせろって言うんだろう。
ベッドのヘリに腰掛けた、わくわくと輝く目だ。だが心の準備ってものがある。
種を取られ、半分に割られていびつに沈んだそれを、スプーンに乗せて浮かせてくる、
ただそれだけのことを3度ほど失敗した。
誓って言うが俺は手先は不器用じゃねえ。
いいか、そーっと、そーっとだ
こいつにじゃなく、自分の手に言い聞かせている。
無論、頼むから震えんなよテメェ男だろという意味でだ。
スプーンの先で一口大にした黄桃が、
こいつの口許へ最も近づけた瞬間の鼓動を、俺は一生忘れない。
その艶やかな光沢が、小さく緩んだ唇の隙間へつるりと吸い込まれたときの、
親指に伝わった甘いゆらぎもだ。
■
もうひとつ、と進めると首を横に振る。
缶の中には、半分を半分にしたのとそのまた半分が残っていた。
二缶買ったのは見込みすぎたようだ。キャッキャ言ってるが、
やっぱいつもの調子じゃねぇらしい。
仕事に戻る時間だった。
正確にはいま出ても着く頃には少し過ぎるだろう。
「残り、冷蔵庫入れとくわ」
シロップの減った缶を片手に立ち上がって、背中を伸ばした。
次の言葉を言うか言わないか迷ったが、
結局言っちまった。
「ルカが帰ってきたら言って、また持って来てもらえ。
全部食ってよく寝ときゃ、風邪なんかすぐ治るからよ」
「もう行っちゃうんだ……はやいね」
「まぁ……アレだ、男は仕事が大事だからよ」
「わたしも行く!」
「あぁ?!」
「冷蔵庫まで」
軽妙なオチだった。
ホッとしたのか残念なのか、期待したのかしなかったのか、
きょうの俺はずっと心が迷子らしい。
「バカ言ってんな。病人は大人しく寝とけ」
きちっと言ってやったつもりだが、やはり「冷蔵庫まで」と言って聞かなかった。
ベッドから出たカラダがいつもより細く見えて(んなわけねーんだが)、
立ち上がった様子がふらついてるように見えて(これも実際それほどでもねーんだが)、
手を貸してやりたかったり肩を支えてやりたかったり、
俺の腕が疼く。
「なぁ、……オマエよ」
「うん?」
「あ、いや、その、なんだ。……歩けるのか」
「おんぶ!」
「——」
「してくださいっ」
面食らった。
詳しく言えば手間が省けた。
照れまくって噛みまくって、それでも言えなかったかもしれない言葉を、
こいつがサラッと言ってのけた。
「んだとコラ」
「重い女の子はいやですか?」
「おーおーいやだいやだ。わかってんならちったぁ痩せろ」
伸ばされた腕に背を向けて、乗れるだけの高さまで低くしてやって、
そこへ凭れ掛かってきたカラダは少しも重かなかった。
肩甲骨あたりで接したまるっこい感触が、ほんの少しやらけーだけで。
いっそ遠慮がちすぎるくれぇに。
「悪いこた言わねぇ。もっと肉つけろ」
「いやです」
「アレだぞオマエ、つくとこに肉がつきゃもっと似合う服が出てくんだろ」
「……うん?」
「いや、こっちの話だ」
鈍感すぎるやつだ。可愛いやつだ。
だらりと垂れた手のひらに、缶を握らせて少しだけ力をこめた。
落とすなよと、これは体のいい言い訳になる。
熱源を背中に乗せて、揺らさないように階段を降りる。
三階ぶんを降り切った頃には太股が鍛えられてそうだなァと思いながら、
螺旋の中程まで来たあたりだった。
「コウちゃんの腕は牛肉でできてるって本当?」
「たりめーだろ。肩はサーロインでできてんだ」
「ふふ、おいしそう」
「だからオマエも豚……じゃねーか、トリ肉くらいはつけてだな、もう風邪引かねーようにしろ」
「……ん」
珍しく甘えたような声を聞いた後で、狭い額がうなじに埋まった。
しっくりとした重みに変わったのを感じていた。
食事らしい食事ではなかったが、ハラが動いたことで熱が少しばかり上がったか、
きょう触れたこいつの中で、いまが一番熱く思える。
更にゆっくりと降りたはずの残りの数段は、時間にして本当に短かった。
「本当にひとりで戻れるんだろうな」
「うん。はい」
背中の上から、上手にモモ缶を仕舞ったこいつは、得意げだった。
戸口までおぶってきたが、扉を前にして迷いがある。
それは、薄汚れたフロアに、やらけえ裸足を下ろすことのためらいでもあるが。
(なにが「男は仕事」だ)
重みはそっと滑り降りる。
やや内股の爪先と、伸びかけた髪の届く首筋が綺麗だ。
「『じゃあよ』、は?」
「……おう。まぁな」
既に仕事の始まっている時間だから、柱の時計は見てくれんなよと、
そればかり願う。
「ホントに大丈夫だってば、信用して下さい」
「どうだかよ」
「ほらはやく!」
くるっと背中を向けさせられて、
小さな手のひらにぎゅうぎゅう押されて、
つんのめった俺の頭上で古びたベルがカランと鳴った。
慣性に任せて、安物のコンクリートのポーチへ更に二、三踏み出すと、浜の風だ。
作業着のパンツの裾を、白砂が駆けて行く。
「ちとキツイのが吹いてんなァ」
「これくらいが気持ちいいよ」
「バカ。そりゃ冷えてんだ」
なるだけ早く「じゃあよ」を言って、扉を閉めてやらなきゃなんねぇ、
そう思って振り返ると、
それこそバカみたいな笑顔が目に飛び込んできた。
「いってらっしゃい!」
「——」
一言で言えば感動で
行ってきます なんて言えるか
出掛けにびっくりさせんじゃねぇ
「と、どうしても言いたかったのでした」
「……馬鹿。寝ろ」
もっと言えたはずだ。
もっとマシな言葉があったはずだ。
それなのに、俺の口という口は、
どうもそのすべてを忘れてしまったらしい。
背を向けて、2秒か、ないし3秒で、俺は堤防を乗り越えていた。
ああそうだ、逃げたってことでいい。大賛成だ。
そそくさと車に乗り込んで、ガンとドアを閉じる。
ちゃんと家に入ったかどうかを、確かめるべきだと思いながら、
手元はいつもの手順を順調に消化して足も然り、
俺は車と一体になって、そのまま走り出してしまった。
もし振り返ったとして、確かめたとして。
そこでアイツが見送る家と、
言いつけどおり、アイツが隠れてしまったあとの、
ただ浜砂の踊るウェストビーチと、
どちらを見たかったのかがわからない。
その答えが出ないから、
目の当たりにすることができなかったのかもしれない。
“信用して下さい”
いまはただ、その言葉だけを頼りにするしかねえ。
どうやら臆病になっている。
古びたドアベルの揺れる音が風に乗って届きそうで、カーラジオのボリュームを上げていく。
「……カギか」
掛けてくれば良かった。
運転さえしてなけりゃ、額をハンドルに打ち付けて悔しがったろう。
あるものは、高速で行き過ぎていく蒼い海と、蒼い空と、波と。
絶景を横目に、ツメの甘すぎた15秒前の俺のことを考える。
そればかり考える。
【Ring a Bell・完】
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